すごく…面白かったです…

初版は1995年だが、2013年の文庫化に際してもほとんど改稿は行われていない。その理由を著者は、
東日本大震災や「フクシマ」はもとより、リーマン・ショックをも未経験の時代に、歴史学の立場からした発言がどこまで有効であったのかを、読者とともに確かめることも、おおいに意味があると思ったからである。
と述べているが、その記述内容が現代においても尚滑らかな切れ味を保持していることを鑑みるに恐らく謙遜である。
本書のハイライトは間違いなく第一章から語られるイギリス繁栄の過程である。マルクスは封建社会から資本主義社会への移行期間の存在を明らかにし、その過程を資本の原始蓄積或いは資本の創世記と表現したが、本書は正にその資本の創世記というものが、とりわけイギリスにおいて、どういった経過を辿ったものであるかを明らかにするものである。
本書においてイギリスの資産階級即ちトーリーとウィッグは等しくジェントルマン階級として扱われる。これは17Cまでの資本家階級は地主にしろ産業資本にしろ、作物や牧草、森林といった天然資源に依存せざるを得ない点で共通の性質を持っていたからだと考えられる。そしてこの総人口の5%に過ぎないジェントルマン達が社会資本の整備から生活習慣の変更までありとあらゆる面で英国を牽引していく。
またしばしば云われる「世界の工場となったイギリスはその後大英帝国として繁栄した」といった誤った言説に対し、工業化が商業革命、農業革命、エネルギー転換という3つの段階を踏んで初めて成立する発展段階であるという反証を豊富な事例を用いて示してくれる。曰く、
イギリスは成功したから帝国になったのではなく、帝国になったから成功したのだ。
ここまで見てきたように発展を牽引してきたジェントルマン達は工業化の前も後も本質的に不労所得を得る資本家である。であるからそのジェントルマンの集う首都ロンドンは、
いわゆる産業革命時代に、ロンドンは、それまで繁栄していた手工業を失い、むしろ「脱工業化」したのである。
故に、
多くの貧民が都会に流れこんだのは、工場労働者を夢見てのことではなく、ひとつは「都会への憧れ」からであり、いまひとつは、事実上の浮浪者として「都市雑業」を求めてのことだった。
この指摘も現代都市の成り立ちにおいて示唆に富んでいると思われる。
また本書は大英帝国の落日についても深く言及(というかこれが本書のテーマである)しており、そちらも十二分に魅力的だ。筆者はイギリス以前のヘゲモニー国家即ちオランダについてその金融資本が本国の衰退後もどれだけ力強く、また次世代のヘゲモニー国家たるイギリスの発展に貢献してきたのかを強調する。加えてイギリスとアメリカ、フランスとオランダ(それに第二次大戦後のアメリカと世界も)の関係を例に取り、その文化即ちライフスタイルの輸出が国家の発展に寄与したと説く。
これを読んでやっと昨今のオタクカルチャー輸出みたいな潮流が何を意味しているのか正確に理解することができた。要するにアレはオタク文化を輸出したいのではなく、オタクのライフスタイルを輸出したいのだ。で、あれば「もう少し気の利いたやり方があるだろう」とか、「世界共通語も土台も持たない日本にはちょっと荷が重くない?(努力に意味が無いとは言ってない)」とか色々言いたいことも出てくる。
丁度今日健康診断諸々受診するついでに平日昼間の中野ブロードウェイに寄り、少しブラブラしてみた。すると丁度『ダイヤのA』の展示イベントが開催されており、アニメの原画やら彩色原画やら等身大キャラクターの絵やらがちょっぴり飾られて、そこに平日昼間にも関わらずかなりの数の女性客が集まり写真を撮ったり物販でグッズを買ったりしていたのを見たけれども、これを海外で同じことやろうというのであればニッチ過ぎてなかなかアレなんじゃないかなぁと。
また今尚見るべきものがる反面、やはり時代を感じる部分もある。代表的なのが国民国家と広域国家連合についての認識だ。
時代は、既に国民国家の枠を超えているのであり、来るべき競争は、より広域の地域間で生じるはずである。(中略)従来のタイプの世界システムは、その存続をやめるのではないか、と思われる。
この後に続く文章を読むと筆者は広域国家連合、すなわちEUを国民国家に代わる新たな基軸として認識しているように読めるが、実際は2011年のソブリン危機の際英国紙the Economistに掲載された記事にはこんな一文がある。
the yoke of the single currency is a barrier to recovery
この一文が示唆するのは統一通貨ユーロとECBによるオペレーションはEU域内各国家の現実を反映した為替レートの設定や経済政策の策定を阻害しており、これが欧州ソブリン危機の根幹にあるという認識だ。昨今欧州大陸国家でナショナリズムが高まり極右政党がじわじわ台頭してきている背景にはこのような事情がある。
ともあれ本書は多くの点で示唆に富んでおり、初版から実に20年近く経過した現在でも未読であれば一読に値する本である。
あ、あとInstapaperにちょろちょろソブリン危機関連の記事が残っていて、三年前の自分は思ったより頑張っていたんだなぁとか思いました(こなみ)。全然役立ってないですけど。